禁酒15日目。酒やめて良い事がありました。
「酒やめて良かった事」
と書くと、普通は「体調がいい」とか、「酒代が浮く」とかだと思いますよね?。
でも、自分の場合はそうじゃなくて「寂しいという感情」にやっと気づけた事なんですよ、変な話ですけどね(笑)。
不思議なことに私は独り身でも今まではほとんど「寂しさ」など感じたことなかったんですよね。
多分酒で誤魔化されていた部分もあるとは思うんですけど、本質的に寂しさになれていたというか、あまりに孤独すぎて「孤独である事すら忘れてた」というか…
ただ、やっぱり禁酒するとどうしても考える時間が増えるので、つくづく
「こういう孤独な生活はよくないな」と思いはじめてきたんですよ。
今までは、仕事が忙しかったり、酒飲むので忙しかったりして、自分の心の声にはまったく耳を傾けていませんでしたからね。
多分それもまた飲酒の原因だったのかもしれないです。負のスパイラルというか…
「この生活から抜け出すとすると…お金ももっと必要だし…
そうすると、かなり稼がないといけないよな?…一人で暮らすには充分だけど、それじゃあ全く発展性が無いし…」
とか考え始めただけでも進歩だと思いますよ。
今までは「一人で楽しく暮らせるお金さえあればそれでいい」みたいな考え方でしたからね。
それじゃあ何も人生が発展しないはずですよ。
禁酒14日目。アル中には「希望」が必要だと思うんです。
アルコール依存でも、アル中でも、普通に仕事があって、普通に家族がいる人はまだいいと思うんですよ。回復すれば、共に喜んでくれる家族などがいる場合は…
でも、今まで自分が見てきた「アルコール依存」の中には「本当に何も無い人(家族もまともな仕事も)」とか、それどころか「人生がマイナス(借金あり)」の人も結構いたんです。
私も何も無い人間ではありますけど、ただ仕事だけは子供の頃から希望していた好きなことをして生きているので、それほど不幸ではないんですよね。
本当に何も無い人というのは、リーマンショックとかで仕事をリストラされ、その後は非正規労働者に…、年齢的にも30代~40代以降で、結婚してないか、していても離婚されたりして、小さなアパートで一人ぐらし。前職のスキルは一応あるものの、転職には年齢が災いしてそこから抜け出せない…
みたいな人たちで、私もリストラされて途方にくれていた時期にそういう人たちと一緒によく働いてたんですよ。
みんな良い人たちでしたけど、そういう場所というのは基本的にみんな「自分の身の上を語らない」ので、深い事情とかは飲み会とかでポツポツと聞いてだんだんとわかってくるものなんですよね。
みなさん良くお酒をのまれる人たちが多かったですし、かなり依存症の人もいらっしゃいました。
そういう人たちと話をしているととにかく「全く希望が無い」状態で、「家に帰っても酒飲んで現実を忘れるしかない」らしくて、例えアル中になったとしても
「その環境じゃ、しょうがないよな…」としか言えない状況だったりするんですよね。
せめてまともな職にでもつければいいんですけど、今や日本は国家を上げて低賃金の非正規労働者を増やそうという状態ですから、それはかなり困難ですしね。
みんな、リストラされるまでは普通に働いて、普通に家族がいて…みたいな状況だったのに…
この年齢の人たちは一度職を失うと本当に次が見つからないんですよ。
そういう環境の人がアルコール依存からたちがあるには、やっぱり何かの「希望」が必要んだと思うんですよね。
だって、寂しい部屋で寂しい人生に耐えかねて酒を飲んで逃避しているのに、頑張って酒をやめても、そこで待っているのはやはり「寂しい部屋と寂しい人生」なんですから。
私の場合は「仕事で成功する」という野心があるので、それが「希望」となってまだアルコールと戦えますけど、もしそれすら無かったら、もうなすすべもなく「アル中」になっていたと思いますよ。
禁酒13日目。さすがは「天に任じられた堂」。
私がお酒をやめようと思ったきっかけは、まあ、「このままでは死んでしまう」という事もありますし(飲む量がハンパではなかったので)、後は「脳の細胞も死ぬ」からですね。
ただでさえ、そんな優秀な脳ではないのに「これ以上バカ」になってはたまらないですからね。
そんな事で酒を飲んでいた時間にニンテンドーDSで「英語トレーニング」を始めたんですよね。
今まで酒で「脳を破壊」していた時間に「脳を鍛えよう」というのですから、完全に逆転の発想ですね。
この「英語トレーニング」なんですけど、やっぱりゲーム感もあるので基本的にやっていて面白いですね。
昔のファミコン時代の学習ソフトなんていうものは本当に「使えない」ものばかりでしたけど、DSの学習ソフトは結構優秀で実用に耐えるものが多いです。
さすがはニンテンドー「天に任じられた堂」だけの事はあるなと感心しますよ。
ただ、学生時代に比べるとやはりかなり記憶力が衰えているので「ああ、やっぱり酒で脳細胞がかなり死んだんだな…」とつくづく痛感しますね…。
禁酒11日目。何故か英語の勉強をはじめました。
趣味の釣りが居住地の問題でできないからといって、悩んでいても仕方がないので、何故か急に英語の勉強をはじめて見ました。
ニンテンドーDSでですけどね(笑)。
アルコール依存症の人はとにかく手持ち無沙汰になると、つい「人生が不安」になってしまう事が多いので、とにかくなんでもいいので「とりあえず熱中できる何らかの趣味」があればいいと思うんですよ。
それも酒と同じで「空いた時間に手軽にできる事」であれば。理想的ですよね。
「DVDで映画鑑賞」というテもあるんですけど、それだと2時間前後という時間がかっちり決まっちゃうので、気軽に生活の空いた時間に組み込むのが難しいんですよね。
「英語」が趣味になるかはわかりませんけどね。
まあ、色々試してみますよ!
禁酒九日目。共感できます。
自分がアルコール依存症なんで、他の依存症の人の話を聞いても結構「分かる、分かるその感じ」というか…、なぜそういう風になってしまうのか、頭ではなくて、肉体的感覚的に良くわかるんですよ。
仕事のストレスで、食事食べ過ぎて(炭水化物依存)体重100キロ超えとか。
「買い物依存症」で、借金数百万円とか…
そういう人をメディアで見るたびに、以前なら「変な人だな…」で終わっていたのが、今はもっと深いレベルで共感できるんです。
依存症の中には個人だけではなくて人類全体に害をなす依存症もあり、そういうのを描いた映画に「インサイド・ジョブ 世界不況の知られざる真実」という米金融界を描いたドキュメンタリーがあるんですけどね。
それを見るとウォール街の人たちが「ギャンブル依存」に近い依存症である事が良くわかりますよ。
とにかく「お金を稼ぐのが楽しい」「楽しすぎて止めたくてもやめられない(例え世界経済が不安定になっても)」状態らしく、これはまごう事なき「依存症」の症状ですよ。
疲れていても、無理やりドラッグで自分を高揚させて、また相場に向かう「米金融界」の人たちの姿は「抜け出すのが困難なレベル」の「依存症の人たち」に私にはみえますね。
「アルコールにはまる」と比較すればもちろん「金稼ぎにはまる」方がマシではありますけど…でも冷静に考えれば…そもそも個人が100億円とか稼ぐ必要ないですからね。とにかく両者ともに「脳内快楽物質に操られて常軌を逸した行動をとっている」という点においてはまったく同じだと思いますよ。
禁酒八日目。やっぱり「節酒」よりも「禁酒」
禁酒…だんだんと辛くなってきましたね。禁酒して一週間後ぐらいにいつもこういう山場があるんですよね。
「もう、節酒でいいんじゃないか?」とかの悪魔の誘惑が心の中から響いてくるんです。
でも、アルコール依存症の人のブログ読むと「節酒」の方が「禁酒」よりもむしろ苦しくて難しい、とよく書いてあるんですよね。
「節酒」だと「飲みたい気持ち」が抜ける事が無く「ず~ッと続く」ので、「飲んでないうちにいつの間にか酒の事を忘れてしまう」「禁酒」より、精神的にきついらしんです。
私の周りにも「禁酒は厳しいから節酒で…」と言う人はいましたけど、全員失敗してましたしね。
それにしても中々至れないですよ「酒を忘れる心境」に…
そんな日がいつか本当に来るんでしょうかね?